易経でうっかり同じことを訊いたら山水蒙が出た!山水蒙の極意にそれが書いてあって驚く!

易経講座、上級編の1回目。
筮竹という竹ひごのようなものを使っての訊き方を
学んだ。
「それじゃぁ、練習してみましょう」
と講師に言われて練習開始。

練習なので、訊きたいことを考えても考えなくても
OKと言われた。

私は訊きたいことがあったため、それについて
訊いてみた。

訊き方、というか筮竹の扱い方は、その都度講師が
口頭で伝えてくれるため、その通りに行う。

残った筮竹の本数で、卦が決まる。

講師が見本を見せて、生徒3人が続く。
計4人で行い、筮竹の残った本数が二人づつ同じ。

講師と生徒一人が5本ずつ残り、私ととなりの方が
6本づつ残った。

思わずビックリ!
めちゃくちゃシンクロしている。
集合無意識にアクセスできていたのか???

易経の道具

山水蒙の卦の意味

練習が終わって、次は本番。
今度は、訊きたいことを易に訊いてみる。

私は、先ほど練習で訊いたことについて、
今度は真剣に易に訊いてみた。

出た卦が”山水蒙”
易経の本を見て、自力で読み解こうと思ったけれど
意味がよくわからなかったため、講師に相談。

「占筮の姿勢についても、最初の筮は、易者が易神に真剣に
念じて問うので、易神も正しく教えてくれる。
しかし、同じ事を何度も占うと、易神の教示を信じないことであり、
易神は正しく教えてくれなくなる」

先程は、練習だから大丈夫と思って、同じことを訊いたら、
キッチリ、山水蒙が出て、そこに「同じことを何度も
訊いてはいけない」と書いてあった。

全く本日の講座では、不思議なことが続く。

初級編では算木を使った

ちなみに初級編では算木というものを使っていた。

筮竹というのは、占い師がジャラジャラとやっている
細い棒のことで下のリンクのようなもの。

算木というのは木の棒が6本セットになったもので
下のリンクのようなもの。
初級編では、算木での訊き方について学んだ。

算木は手の中でジャラジャラと振って、それを並べて
そこから読み解く。
筮竹は一定の作法で筮竹を分けていき、残った筮竹の
本数で結果を読み解く。

どちらで訊いても構わないけれど、算木は慣れてくると
どのようにあ並べるとどのような卦になるかがわかってしまうため、
自分の顕在意識が混じってしまう可能性がある。

私の場合は、目をつぶって算木を振って並べることで
それを防御している。

どちらで訊いても構わないとの教えだけれども、
重要なこと、しっかり集中して訊きたいときは、
筮竹を選んでいる。

簡単なことは算木で訊いている。

訊き方をブログで書いても本当に易経のことを理解できる
わけではないため、訊き方について興味がある人は、
きちんと易経の講座を受講して勉強をすべきだと思う。

きちんと集中して易に訊くことができれば、驚くほどに
易の結果は当たる。

当たるのか当たらないのか・・・。
それこそが紀元前から現在まで、易経についての教えが
途絶えていないところに、当たると思う人が一定数いたこと
に繋がるだろう。

私は易経の結果は当たると思う。

記録をつけているけれど「まぁまぁ、当たっているなぁ」と
思うことが多い。
「まぁまぁ」というのは、易経の読み解き方により、
答えが一つではないということ。

最初に出たものが本卦、それの爻を見て、変卦を見て、
互卦、総卦、錯卦、過去、過去の経緯、未来、未来の経緯、
そして最期は終局を見る。

これだけ見れば、どこかに当たりがある・・・と考えるのは
大きな間違いで、これが一つの大きな流れになっていて、
その時々の対応の仕方のヒントが易に訊くとわかる。

まとめ

初級編と上級編のことをまとめて書いたので、わかりにくく
なってしまったが、易経の本には、人生指南が書いてある。

ただ読んだだけでは理解不能だけれど、易経を学んでみると
書いてあることに納得ができるから不思議感がいっぱい。

易経関連の本は、絶版になっているものもある。
易経を学ぶなら「今」かもしれない。

ぜひぜひ、一緒に易経を学びませんか?


©:2016みぜっとの6割主義でゆるく生きる