ガンの告知は突然に!!そしてあっさりと、何のフォローもなく「悪性リンパ腫」と言われた。

悪性リンパ腫についてブログに書こうと思ったけれど、
どこから、何から書いていいかわからない。

思いついたことから、書いていってあとで整理できれば
いいかなぁと思ったので、そのようにしてみる。
その時のことは、ノートに細々と書いてあるので、
そこからピックアップする。

メディカルノート

私の場合、悪性リンパ腫の疑いがあったので、
生検というものをやった。
手術でしこりの部分を摘出し、そこにガン細胞が
あるかどうか検査をする。

私の場合は、首のしこりだったため、
そこを手術で切り取っていて、その結果を
悪性リンパ腫の濾胞性リンパ腫と診断された。

告知はどんなふうにされたかと言うと、
それはまるで「インフルエンザでした」というような
レベルで普通に言われた。

その後の医師や看護師からのフォローの言葉は、
まるで無かったように記憶している。

私は、一人だけで告知された。
だって家族と一緒に来るように言われなかったから。

医師に「おひとりですか?」
と尋ねられたけれど、あなたが家族と一緒に来るように
言わなかったから、ひとりで来ただけ。

かなりの衝撃を受けたと思うけれど、
衝撃は大きければ大きいほど、現実の受け入れが
すぐにできない私がいることを知った。

ちなみに、手術は耳鼻咽喉科でやったのだけれど、
悪性リンパ腫は専門外なので、放射線科に
回された。

後で調べて知ったのだけれど、悪性リンパ腫は
血液内科が専門。

ここらへんのいきさつも紆余曲折があるので、
機会があったら書いてみたいと思っている。

話しは反れてしまうが、この時期の私は医師に
不信感を持っていた。
何人もの医師に会って、診断を受けて病名を
つけられているけれど、最初の医師は誤診だった。

「顎下腺が腫れているだけ」と診断した医師。
それで私は少しの間、様子をみたけれど、
これが悪性リンパ腫の高悪性度の部類だった場合、
取り返しのつかないことになる。

高悪性度は週単位でガンが進行する。
これも後で調べて知ったこと。

話しを元に戻すが、耳鼻咽喉科で悪性リンパ腫と
宣言された私は、放射線科へ転科。

ここから検査漬けの日々が始まる。
そして、精神的にはどん底に落とされた。
命の危機に直面するということは、
どれだけ精神を苛むかということを
現実に体験した。


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