カテゴリー別アーカイブ: 悪性リンパ腫

麻央さんが亡くなったことで、自分も悪性リンパ腫で死ぬかもしれないと思っていた過去の記憶が蘇った。

近頃、モチベーションが上がらない・・・。
仕事が忙しかったこともあるだろうけど、
休みの日にゆっくり過ごして疲れが
とれても、何かやる気が起きない・・・。

何かストレスが溜まっている感じがして、
甘いものをやたらと食べたくなったり、
減らしていたお酒の量も増えたり・・・。

何故だろう・・・。

臨床瞑想法で学んだ「見つめる瞑想」で
自分の心の深い部分に問いかけてみる。

私が悪性リンパ腫を宣告された2005年、
息子はまだ2歳になっていなかった。
麻央さんの状況に似ている・・・。

もしかすると自分も小さな息子を残して・・・。
麻央さんの死で封印していた過去の記憶が
蘇った・・・。

顕在意識では、押さえ込んで見ないふりが
できていても、潜在意識がしっかりと
その時の記憶を手繰り寄せていた。

高野山大日如来の額

その時は、ワラにもすがる思いで
治る方法を調べた。
何時間もネットサーフィンをして、
悪性リンパ腫について調べて、
自分の症状についても調べて、
誤診ではないかと疑いもした。

悪性リンパ腫になった自分が受け入れられない・・・。
なんで、こんな時に?
息子が大きくなってからなら、まだよかったのに・・・・。
なんで私が悪性リンパ腫なの?
なんで他の人は大丈夫なの?
なんで、私ばっかりいろんなことが起きるの?
私に人生、不幸ばっかりじゃないの?
良いことが起きないまま、死んでしまうの?

なんで?なんで?なんで?

その時の私は、不幸のどん底にいた・・・。
そして、相談できる人は誰もいなかった・・・。
誰もいないというのはちょっと違うかもしれない、
死ぬかもしれないことを伝えたとして、
それに共感して受け入れてくれそうな人が
いなかった・・・。
今から思えば、本当にそうだったのかは
わからない。
誰にも相談しなかったのだから・・・。

結局、誰にも相談せず悩んだ末に自分で決断した。
「治療をしない」という選択。

何故ならば、悪性リンパ腫には非常に多くの
種類があって治療で治る可能性が高いリンパ腫と
治療で治る可能性が低いリンパ腫があったから。

私は濾胞性リンパ腫だであり、難治性のリンパ腫の
ひとつだった。

息子はまだ小さいので、その息子を残して
治療のために入院することが私にはできなかった。

まとめ

人には、早かれ遅かれ死が訪れる。
その時に何を感じ何を思い何を残して
この世を去っていくのか・・・。

誰に看取ってもらってこの世を去るのか・・・。

自分にも残された家族にとっても
しあわせな逝き方でこの世を去ることが
できたら良いと思う。

それにはどうしたらいいか・・・・。
まだ、答えは出ていない・・・。

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