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「易経 陽の巻 夢をもつってどういうこと?」を読んだ。見龍の時代は、世に出て飛龍を見つけてマネをする。

前回の「潜龍」の話の続き。

易でいうところの「乾為天」という卦は、龍の成長物語に
喩えて、物事の成り行き、人の道の行く末のようなことを
書いてあると私は思う。

易でいうところの「乾為天」の爻は、
潜龍から、見龍乾惕踊龍飛龍亢龍と進んでいくと本に書いてあった。

初爻、いちばん最初は、「潜龍」の時代で、夢を育み志を立てる時。
詳しくは下記の本を読んで欲しい。

「見龍」について書いてみる。

易で言うところの「潜龍」の時代で、夢を育み志を立てたならば、
次は「見龍」の時代。
世に出て、「飛龍」を見つけて訓えを乞うて学ぶ時。

飛龍とはどんな龍?

「飛龍」というのは、今で言うところのメンター
言うことになるだろうか・・・。
あるいは、師匠とか先生とか有識者とか・・・。

ようするに自分が志を立てて進みたい道が決まったなら、
同じようなことをしているメンターにお願いして
飛龍になる道を訓えてもらう。

どのようにしたら「飛龍」のようになれるのか・・・。

易では、自力で努力して「飛龍」になるようなことは
書いていない。

まずは良き指導者を見つけて、指導を仰ぐ。

「見龍」は「潜龍」の時代に夢を育み多くのことを
学んでいるため、世には出ていないが、
徳が備わった人である。

「飛龍」であるすでに世に出て活躍している人は、
徳を積んで世に出てきた「見龍」を見つけて、
良き方向に導く。
そして「見龍」からも学ぶべきことがあることを知る。

「見龍」「飛龍」は、お互いが徳のあるもの同士で、
「見龍」は、まだ世に出ていないために「飛龍」
引き立ててもらって、世に出るための学ぶ。

反対に「飛龍」は、すでに世に出ているが、
このまま上り詰めていくと「亢龍」になり、
落ちるしかなくなるために、自らを更に、
徳のある人を見つけて、訓えを乞う。
それが例えば「見龍」だったりする。

見龍と飛龍の関係性

「見龍」「飛龍」は、お互いに訓え合う関係ではないかと
私は思う。

上の本には「見龍」「飛龍」を見つけて、教えてもらうよう
お願いをする。
自らの志を「飛龍」伝えて、お願いをすることがポイント。

お願いをしないで「飛龍」が教えてくれるわけではないと
易は伝えている。

願いが聞き入れられたならば「見龍」の時代は、
ひたすら「飛龍」のマネをする。
と上の本には書かれてある。

”大切なのは『教えてください』とお願いしたら、
先生をよく見て、聞いて、教えられたとおりにやること。
それはいやだ、できない、もっとこうしたいなどと言っていたら、
何も学べないのじゃよ”
と29ページに書いてある。

私も含めて思うのだけれど、ちょっと教えてもらっただけで
「できる」と思ってしまったり、ちょっとやってみて出来なくて
あきらめてしまったり、先生のやり方が気に入らなくて
自己流でやってみたり・・・。

そんなことをやりがちではあるけれども、
「見龍」の時代は、とにかくマネをすることが必要であり、
最重要ポイントだということが本に書いてある。

自分の人生と照らし合わせてみる

易の龍の成長物語を知って、自らの人生を振り返ると、
どれだけもったいない人生を生きてきたんだろうかと
思える。

メンターに出逢っても、自分のエゴやワガママで
気に入らなくて反抗してみたことがあった。

メンターのやり方よりも自分のやり方のほうが
優れていると勝手に思って、最初から自己流で
やっていたこともあった。

人それぞれに考え方ややり方、教え方があるのだから、
自分の望むやり方でなくても、そこから学ぶべきことは
たくさんある。

メンターに出逢ったら、まずは自分の学ぶ姿勢を
正すことも必要だったと、今は思う。

メンターについては、下記の本も読んでみると
どのようにしてメンターと出逢い、メンターから
何を学ぶかを知るための参考になると思う。

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